「チーズが伸び伸びする〜!」
束の間の口福を無邪気に楽しんでいた矢先、人生最大の試練に立ち向かうことになると、この時の私は知る由もなかったのである…
まろーねにとってコンビニ飯とは嗜好品である。スーパーに行けば1〜3割近くは安く買えると知りながら手に取ったときの罪悪感に耐えられないのである。
それ故、遠乗りや旅行中の腹ごなしにコンビニで食料を買い込むことが楽しみの一つでもある。平生感じる罪の意識を手放し、欲望のままに菓子やファストフードを買い食す…。そんな贅沢な時間に愉悦に浸るなとは言ってくれるな。
そしてこの日も、そんな贅沢を感じながら、数年ぶりのピザまんを夜風と雨音と共に楽しんでいた。
この日は、東京から名古屋に向かう用事があったため高速バスを利用している。いつもなら夜行便を利用するのだが、前後の予定もあり昼行便に乗り込んだ。
時間帯も時間帯であったため昼食を兼ねて、発車場周辺を散策して食べ歩きをしていた。いちごのシュークリームとヤンニョムサンドイッチという、振り返ると我ながら食べ合わせが不安になる異なものを食べたなと思う。
昼食もどきを終えてバスを待っていると、交通渋滞に伴う到着遅れの知らせが。そして乗り込みからしばらくすると45分近く到着が遅れるとの車内アナウンス。
雨が降ると歩行者も傘を差し、互いの間隔をとりながらゆっくり移動する。そんな中を大きな車体を操縦し安全に運行されるだけでも、運転手の方には頭が上がらない。
私は急ぎの予定がなかったため、そんな日もあるかと受け流していたが、皆そうという訳ではない。
乗り継ぎの心配をする者。終電を逃してしまうと呟く者。迎えの変更を伝える者。
それぞれにそれぞれの事情があり、会いに行く人がいるのだ。
さて、最初のSAに着いた私は、食欲を抑えられず、売店でピザまんを購入した。
驟雨のなか、ピザまんは手だけでなく心までも優しく温めてくれた。しかし、私の臓腑はそうではなかった。
バスが動き出してしばらくすると、腸が蠕動し始めた。愛らしいきゅるるという鳴き声とは裏腹に、暗澹たる過去が脳裏に浮かぶ。
子どもの頃、食べ放題の焼肉をたらふく食べたあとを。部活の打ち上げとして訪れた洋食店で、一人個室に籠らざるを得なかったあのときを。
ああ、私は知っている。この戦いは簡単には終わってくれないということを。
人が貪る尽くの罪を全て吐き出し、浄化と慈愛の聖布を持ってせねば、この内なる獣は止められぬと。
私は時計を見る。SAを出発して30分。次のSAまではあと1時間半もある。…耐えられるだろうか?
本を読み、音楽を流し、獣を寝かしつけようとするが、彼の者の機嫌を操ることは容易ではない。すぐに飽き、現実を突きつけてくる。
「お前の死地は、もうすぐそこだ」と。
私は耐えねばならぬ。私が内なる獣を抑えられないがために、道行を共にする同志たちにこれ以上の迷惑は掛けられない。これ以上の焦りを御者に負わせてはいけない。
…しかし、皆のためなら尊厳を捨てられるだろうか?
残り1時間。ふと、地図アプリを見る。
そこには、静かなる岡があった。
苦しみにもがく者の到来を待つ約束の地が。愚者に安らぎを与えんとする地の名が、そこには記されていた。
否…、否!私は、無力な人間である。自己中心的である。皆のために抗えるほどの経験もなく、容易には尊厳を捨てられない心弱い人間でしかないのだ…!
何を恐れることがある。人は皆、自己を守るだけで手一杯なのだ。自分を守れるのは自分しかいないのだ…!
私は決断した。
立ち上がり、中央通路を駆け抜ける。
そして、そっと御者の横に跪き、告げる。
「あの、本当にすみません。お手洗いに行きたいのですが…」
勇気を振り絞り決断したあの時の自分は、今も心の中で燦燦と輝いている。
この先、どんな辛いことがあろうとも、私は私らしき生きていくための、尊厳を蔑ろにせず守るための選択を下すことができるだろう。
p.s. 出発前に「何かございましたらお気軽にお申し伝えください」と案内いただき本当にありがとうございました。あの言葉のおかげで、私は今も生きています。
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